HOME > 土曜セミナーレポート・土曜講座レポート > 社会講座「鎌倉散策」 2016年9月27日(火)実施
9月27日(火)は夏の陽気。空は晴れて、9月末だというのに、まるで真夏の陽射しが照り付ける。 JR鎌倉駅に集合し、6年生日本史選択者の6人とともに鎌倉の散策を開始。 今年のコースは以下の通り。 鎌倉駅 →(江ノ電)→ 稲村ガ崎 → 極楽寺 → 極楽寺切通し → 御霊神社 → 光則寺 → (江ノ電)→ 寿福寺 → 昼食 → 妙本寺 → 北条高時腹切りやぐら → 報国寺 → 杉本寺 → 荏柄天神社 → 伝源頼朝墓 → 鶴岡八幡宮 → 鎌倉駅 |
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忍性ゆかりの寺。稲村ガ崎から極楽寺坂切り通しまで歩くと、新田義貞が鎌倉攻めで苦戦した理由がわかる。 |
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この神社の杜は涼しい。鎌倉権五郎の逸話が記された看板を読んでいると、すぐそばを江ノ電が走る。鳥居・踏み切り・江ノ電という構図は、いかにも鎌倉を象徴している。 |
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長谷観音の隣の谷の奥にある光則寺。長谷観音の賑わいとは対照的にほとんど人気がない。境内では四季を通じて植物が花をつけている。そして谷の奥には土牢が残る。日蓮宗受難の歴史を伝える史跡だ。 |
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鎌倉五山第三位寿福寺。北条政子が創建。開山は臨済宗を開いた栄西。ここは源頼朝邸跡でもある。寺の奥にはいくつもやぐらが残る。そのなかには北条政子の墓とされるものも含まれる。 |
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1203(建仁3)年、御家人比企能員が討たれた。比企能員の娘は2代将軍源頼家の妻。比企氏は将軍家の外戚として権勢を増し、同じく政子を通じて将軍家の外戚として権力を掌握していた北条氏との対立を深めていたことが背景にある。妙本寺は比企氏の館があった比企カ谷に佇む。 |
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鎌倉最古の寺とされる杉本寺。 門をくぐると、磨耗して苔むした階段が目に入る。いったいどれだけの人がこの階段をつかってお参りしたのか。 |
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この場所は、鎌倉を特集する雑誌には頻繁に登場する撮影ポイント。鎌倉の路地は細く、壁や生垣にはこだわりがある。鎌倉の散策では、入ったことのない路地歩きがおすすめ。 |
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鶴岡八幡宮が最後に訪ねた場所。9時半に集合し、一日中歩き回り、すでに17時を過ぎていました。 受験勉強に夢中で運動不足気味の脚にとって、ちょうどよい負荷のかかる道のりだった。 |
6年生にとっては、丸一日全く机に向かわなかったのは、この一年で今日だけかもしれない。9時半から17時まで鎌倉を縦横に歩いた。写真を人生に捧げる生徒も参加したためか、歩みはゆったりしたものだった。そのおかげで随分と鎌倉の細かいところまで観察できた。楽しみ方は人それぞれだが、多くの仲間と歩くことはやはり楽しい。贅沢かもしれないが、真夏のような暑さではなく、秋らしい空気のなかであれば、もっと気持ちよかっただろうに。荏柄天神社での願いを叶えられますように。そういえば、御霊神社の近くでもとめた力餅、みんなで最後に食べるのをすっかり忘れていた。
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