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学校長の部屋

路線バスに思う

昨夜の雨も上がり、お昼くらいには晴れ間も出てきて暖かくなってきました。昨日があまりに寒かったため、風邪気味になっている方も多いのではないでしょうか。体調には十分ご留意ください。

IMGP6705.JPGさて、今朝のできごとです。私が通勤で車を運転していると、目の前に路線バスが走っていました。すると、進行方向へ歩道を走る女性が目に留まりました。追い越していくバスに乗ろうと頑張って走っていたのです。でも、バス停まで50mはあろうかという状況でした。わたしは「あ~、間に合わないな。可哀相に」と思ったのですが、誰も乗車を待つ人がいない停留所にバスがハザードランプを点けて停車したのです。降車する人もおりませんでした。そして、50m後ろにいる女性が走ってくるのをしばらく待ってくれました。私は「優しい運転手さんだな」と思いました。

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さて、皆さんはこのとき自分が運転手さんだったら「待ってあげる」「運行時間に遅れがでるから停まらない」「すぐ来るくらいの距離なら待つが、50mも離れていたら停まらない」など様々な意見に分かれるのではないでしょうか。また、このバスに乗っていた乗客であったら「待ってあげていい」「なんで待つんだ。みんなバスが来る時間を意識して事前にバス停で待っているんだ。ルールはルールだろ」「今度自分が少し遅れても、走れば待ってくれるんだ」など、いかがでしょう。それでは、走っていた女性が自分であったら「待っていてくれてありがとう」「待つのが当たり前」、バスが停まらなかったら「しかたない」「なんで待ってくれないんだ」、こちらも様々な意見があるでしょう。考え方には、自分の「○○であるべき」「○○するべき」「○○するべきではない」という基準が根底にあります。これは人それぞれ違います。このとき、私も「間に合わないな。可哀相に」という、「バスは時間通りに走るべき」「バスは停留所で待つべき」という考えがあったのに気がつきました。そうして、バスが停まって待ってくれたことで「運転手さんは優しい」と思ったわけです。では、サービス業なのだから「バスは待つべき」という考えだとどうでしょうか。「待って当たり前」「待たないなんてひどい」となるでしょう。また、運転マニュアルに「50mくらい離れていてもバス停では待つ」とあればどうでしょう。運転手さんは待つのが当たり前なので「何も思わない」「マニュアルだから仕方ないが、早く来てほしい」などと思うことでしょう。何事もルール化(○○しなくてはならない・○○してはいけな自修館写真_ (91).JPGい)すると分かりやすい反面、善意で行なわれていたことには幅がなくなり、感謝を覚えなくなることが心配です。バスが停まったことで、こんなことまで考える必要はなかったのかもしれませんね。

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でも、今朝のできごとは運転手さんの善意によるものであり、女性も感謝したと信じたいと思います。また、マニュアルにあったとしても気持ちよく待ってあげてほしいですし、待ってくれたことに感謝してほしいと思います。