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土曜講座レポート

社会講座「鎌倉散策」

9時に鎌倉駅に集合。今年は江ノ電を利用して稲村ケ崎方面を散策しました。有名どころとしては、長谷観音や鎌倉大仏がありますが、そのような平日でも大勢の人で賑わう場所はおとずれません。生徒と鎌倉の歴史の話をしながら歩き、当時のことを想像するには静寂な場が必要です。多くの人が来ない場所の方が、実は当時の様子をよく留めているものです。授業でも出てくる有名人や事件について理解を深める良い機会になることを願い、今年も精鋭とともに行きました。14時頃に藤沢駅で解散。約5時間の大変楽しい時間でした。

今年のコースは以下の通りです。

鎌倉駅 → 東勝寺 → 鎌倉駅から江ノ電 → 長谷駅下車 → 光則寺 → 御霊神社 → 極楽寺坂切り通し → 極楽寺 → 稲村ケ崎 → 稲村ケ崎駅から江ノ電 → 腰越駅 → 満福寺 → 龍口寺 → 常立寺 → 江ノ島駅から江ノ電 → 藤沢駅

 

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鎌倉駅前から出発しました。今回は2年生2人、4年生1人、5年生2人が参加しました。鶴岡八幡宮を背景に段葛前で撮影。ここから10分程歩いて東勝寺跡へと至りました。

 

 

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東勝寺跡にて。ここは鎌倉幕府終焉の地。1333年に新田軍が攻め込んできた際、北条高時以下が自刃して果てた場所。すぐ近くには「北条高時腹切りやぐら」がありましたが、みんなこわがって近寄りませんでした。

 

 

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北条氏館のある地域に至るにはこのような渓谷を渡らねばなりませんでした。この滑川は濠のような役割を果たしていたに違いありません。ちなみにここの橋は、青砥藤綱のはなしで出てくる橋でした。

 

 

 

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御家人宿屋光則は「立正安国論」を北条時頼に献じた日蓮の弟子日朗を幽閉しました。しかし、宿屋光則は日蓮宗に帰依するようになり、邸宅を寺にしました。それが光則寺。この寺の奥には日朗が幽閉されたとされる「土ろう」がありました。

 

 

 

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開発領主鎌倉権五郎は源義家に従って後三年合戦(1083~1087)に参加。その際、左目を矢に射られました。その矢を味方が抜こうとしたとき顔を踏まれたのですが、それに逆上して切りつけたといいます。鎌倉時代はそのような剛の者こそが頼られた時代。この御霊神社で鎌倉権五郎は神となり祀られています。また、江ノ電を撮影するスポットとしてよく出てきます。鳥居ごしに江ノ電を撮影できます。

 

 

 

 

 

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ここは極楽寺。日本史で、奈良の西大寺を復興した叡尊の弟子、といえば忍性。忍性は1267年に鎌倉極楽寺の開山として迎えられました。その後に起こった事件が元寇です。幕府の命により異国降伏の祈祷を行いました。その結果、極楽寺は勅命により国家安泰を祈る祈願所としての寺格を保つことになりました。病院施設があったことでも知られる寺です。この極楽寺界隈は、新田義貞軍と幕府軍の激戦地です。極楽寺坂切り通しはいまでも薄暗く、激戦の様子を想像して歩くと少々不気味な印象を受けます。

 

 

 

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極楽寺の門前でアイスクリームを購入。お地蔵さまの前でしばし休憩。

 

 

 

 

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稲村ケ崎からの景色をバックに撮影。新田義貞はここを通って鎌倉に攻め入りました。...という説明はそっちのけで生徒たちは浜辺にまっしぐら。約1名が岩場から足を踏み外して動揺していました。

 

 

 

 

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江ノ電で移動中。七里ガ浜を眺めながら腰越駅を目指します。

 

 

 

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地元の味を楽しむ時間です。ちょっと豪華な昼食を堪能しました。食事がよいと旅の満足度は何倍にも上昇するものです。みんな、美味しい!と大絶賛でした。

 

 

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昼食後に訪れたのは満福寺。腰越状が記されたという地です。さっそく静御前について本を読んで調べる生徒がいました。疑問点は放置せずにすぐに調べる。当たり前のようにそうしている姿が立派です。

 

 

 

 

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龍の口での日蓮の処刑は斬首寸前に中止となりました。江ノ島方面から丸い火の玉が飛んできたため九死に一生を得た、という霊跡に建立されたのが龍口寺。鎌倉界隈では唯一の五重塔があります。

 

 

 

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元は日本に服属を要求するため使者を派遣しましたが、北条時宗は斬首しました。この使者を弔う塚があるのが常立寺です。

 

 

 

 

 私は鎌倉に武家政権が置かれるより少し前あたりから日本史に人間くささを感じます。授業で荘園公領制をあつかうあたりです。生徒にとっても教える自分にとってもこの上なくややこしいところです。このややこしさは人間らしさの現れだと言えます。開発領主鎌倉権五郎...という名を説明版の中に見つけると、律令制という堅苦しい枠から飛び出し、一人の人間が両手両足を思い切り伸ばして躍動する姿を感じずにはいられません。先祖伝来の土地を守るだけでなく、どのように生きるべきかについて、独特の倫理観を自らに課している姿も感じます。いまではほとんど人が来ない寺の奥に穿たれた「やぐら」一つひとつにもそのような人が眠っています。生徒がさらに成長していくなかで生き方に迷ったとき、また鎌倉を訪れてもいいはずです。